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100年以上前くらいの明治あたりの酒津焼の丸皿 四枚五枚の画像ですが 残念な事に1枚に 小キズがみつかりましたので四枚として 出品です。キズは画像20にみえます。‘’秋草 芒に虫‘’ の図だと思われます。曽祖母がその昔いろいろ収集していた酒津焼の器の中の1つです。蔵の中からみつかりました。ヒビ 欠け 汚れ 見当たりません。 中が微妙に深くなっていて しっかりした陶器です。 サイズ 径 15cm 高さ 3.5cm 古い物ですのでご理解の上ご覧くださいませ。現存する倉敷最古の焼物の歴史 酒津焼は現存する倉敷最古の焼物とされ、その歴史は明治2年(1869年)に初代岡本末吉氏が鶴形山の麓に「阿知窯」を開いた時に始まります。当初は新田灘の土を使っていましたが、明治9年(1876年)、より良質の土を求めて酒津に移転。兜山(別名甲山・加武登山)に窯を作ったことから焼物は「加武登焼」と名付けられ、後に「甲山窯」という窯名を経ていつの頃からか「酒津焼」と呼ばれるようになりました。大正15年(1926年)には、当時の皇太子殿下(後の昭和天皇)がご来倉の際に菓子鉢を献上しています。 昭和初期には近藤悠三氏、浜田庄司氏、河井寛次郎氏、富本憲吉氏、それにバーナード・リーチ氏といった著名な陶芸家の指導を次々と受け、そのことが酒津焼に大きな影響を与えました。そして昭和25年(1950年)には交通の利便化をはかるために、高梁川の西にあった窯を東側の現在の場所に移転し今に至ります。
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